結婚 家庭経済のプラン
不定収入の場合

その問題点

不定収入の場合というのは、農家、商家、
医者、そのほか自由業といわれる画家、文筆
家、芸能人などが含まれます。
極端にいえば、ある月は何十万円も収入が
あっても、次の月には一銭も収入がないか電
知れないのです。収入に波があって、なかな
か予算は立てにくいでしょう。
今月は、一銭も収入がないから使わないと
いうことはできません。それでも毎月生活費、
として一定の支出は必ずあるのです。
また、サラリーマンのように、一生の設到
を立てることがむずかしいのです。不定収入
の場合、働き盛りの三十代から四十代にかけ
てがいちばん収入が多いといわれています。
それだけに、家計を預かる人の苦労は、並た
いていではありません。

一年間の収入を把握すること

最初の一年間は、収入に波があるので、や
りにくいでしょうけれど、綿密に家計簿をつ
けておきましょう。わが家ではいったいいく
らぐらい支出があるかを出しておきます。定
収入の場令よりもっと家計簿が役に立ちます
から、必ずつけてください。
そして、一年間の収入はどのくらいかを、
前年の収入で目安をつけます。農家や商家の
人が、毎月きまって入る月給取りを、気らく
でうらやましいといいます。しかし、一年間
を基準に考えれば、サラリーマンと同じこと
です。

経営費を別にする

不定収入の場合、経営費と生活費がいっし
ょに手元に入るので、うっかりすると混同し
てしまうおそれがあります。へ
農業や、商店を経営してゆくために、種、
肥料、器具などを買い入れたり、商品を買い
入れる資金を別にしておかなければなりま
せん。
もし、はっきりした生活費の数字が出てい
ないと、やたらに生活を切りつめたり、また
放漫財政になって足りなくなったり
商店は、収入に波があっても、農家ほど極
端ではありませんから、計画が立てやすいの
です。しかし、日銭が入る上ころから、どん
ぶり勘定になりがちですから、注意しましょ
う。また、自分の家の商品を使ったときは、
家計簿には、現物収入と記入し、店の帳簿に
は、支出とはっをり記入しておくこどが必要
です。
不定収入の場合でいちばん問題点の多いの
は、なんといっても農家でしょう。それに農
家では、新婚夫婦が家計を受け持つことはほ
とんゼありません。七か七最近は、家計簿を
つける運動や、月給制の運動など活発な動き
が見られるようです。

山形県余目町では、家計簿をつけ、はっき
り予算を立てて、サラリーマンのように、月
給制を実施して成功しています。
東京近郊のTさん夫婦は、結婚前は4Hク
ラブで活躍してきた人です。しかし、家計の
実権ぱまだおしゅうどさんが握っています。
この若夫婦に、両親は自由に使ってよい畑を
三畝ほどまかせてくれました。それは自分た
ちで好きなものを何でも作ってよく、その収
益は二人のものになるのです。
また千葉県のYさんの家では、一人息子に
お嫁さんが来ることにきまったとき、家族全
員に、毎月一〇〇〇円ずつこづかいを出すと
りきめをしましたQ
このような最近の農村の動きから、家計の
なみえ
問題について、曲辰山漁村文化協会理事ハ浪江
慶氏のご意見も伺ってみましょう。

農家の家計

農家の家計のむずかしさ

▲その一 経営費と生活費のからみ合い

たいていの農家では、経営上の支出と、生活上
の支出とが、今でもはっきり区別されていま
せん。
自分の家で作った米、麦、野菜、乳、卵を
ヘへ
うちで消費する場合、経営面ではその分だけ
収入となり、生活面ではそれだけ支出となる
わけです。しかしよほどまめに農業簿記と家
計簿をつけている農家でないと、これが、プ
ラス、マイナスでゼロになってしまいます。
そう扱っても格別不自由でもないし、直接損
するわけでもありません。
しかし、この経営と家計の未分離は、農家
の経営の発展にも、生活の向上や合理化にも
大変な妨げとなっています。
「食えさえすればいい」という古い型の農業
から、「しっかりもうけて、いい生活をしよ
う」という新しい型の農業へ切り替わってい
くことを妨げている障害物の一つが、この経
営と生活の混合です。
年ごとに増してくる現金支出の必要から、一
ゼこの農家もこの点に気づき始めています。
ことに、経営改善に熱心な農家、生活の近代
化を望む農家は、この経営と家計の分離に力
を入れています。

▲その二  時期による収入のムラニ、三十
年前までの農家では、月々の現金支出などは
ごくわずかで、たいていの支払いは、まとま
って収入のある時期にまとめてすますことが
できました。今ではどパつしてどうして、毎月
どころか毎日のように現金支出があるくらい
です。
ところが、収入のほうは、畜産や野菜作り
を相当やってでもいないと、年に何回しかあ
りません。たいていの農家は、それをいった
ん農協へ預け入れて馬必要に応じて使うので
すが、これがなかなかむずかしいわけで、ど
うしても入った当座に使焔過ぎしがちです。
これは時期による収入のムラですが、年に
よるムラもかなりひどいものです。

つまり、毎年の収入が、いろいろの原因で増減するの
です。価格が特に安定し、収量も他の作物に
くらべて安定している米でさえ、年によって
一、二割の増減は避けられません。
野菜、くだもの、まゆ、肉、乳、卵などに
なると、年による狂いはいっそう激しく、と
にかくお金を握って見るまでは、実際にはわ
からないといった状態なのです。
ですから、不定収入の典型のような農家の
家計をやりくりする人の苦労は、並たいてい
ではありません。

▲その三 大きなムラは支出面にも

ムラの
大きさは、収入のほうにだけあるのではあり
ません。支出のほうでも、ずいぶんひどいめ
です。「礼
農村の生活改善といえば、すぐ冠婚葬祭の
合理化が頭に浮かぶのですが、娘一人の嫁入
りで作った借金で、三年、五年と苦労するの
は、珍しいことではありません。
親戚の多い家庭では、盆、正月、お祭りな
どのお客さま接待が大変です。
近ごろでは、行商人ばかりか、相当の会社
のセτルスマンまでが、あの手、この手で農
家に買物をすすめています心月給取りは、め
ったに実力以上の買物はしませんが、農家は
収入にムラが多いせいもあって、ときによっ
てつい実力以上の買物をしてしまうこどがあ
り、これがまた、あとあとまでたたることに
なるのです。

▲その四 責任はあっても権限がない

だれ
が財布を握っているか、また、その握り方が
どの程度か、ここにもやっかいな問題があり
ます。
子どもが学校へ行くようになった、れっき
とした凄が、子どもに渡すお金さえ、自由に
できないとあっては㍉さぞかしつらいことでー
しょう。
嫁いで五年、一〇年は、実家からおこづか
いの補給を受けるのは、むしろ普通です。も
し、それなしで済ませるように、夫なり、婚
家の親なりが、必要に応じて出してくれるの
はか幸運な部類に入ります。
家族匹毎日の生活に必要なこまごました買
物は、妻に心配だけはさせておきながら、決
定権は渡そうとしない夫もいます。また、し
ゅうと、しゅうとめに決定権が握られている
場合はきもっと窮屈です。
それならいっそ、いっさいの責任かち解放
されていればさっぱりするのですが、受うい
うわけにもいきません。
いってみれば「主婦見習期間」なのでしょう
が、一年や二年の見習いならともかく、一〇
年以上にもわたることが多いのですから大変

この責任と、権限の分離は、家計を預かる
ものを精神的に苦しめるいちばん大きな原因
かも知れません。
そのむずかしさを乗リ越えるために
以上述べたような、さまざまなむずかしさ
のもピで、農村の人たちは、家計を合理的に
しようと、いろいろ苦心しています。
その代表的な動きをいくっか拾ってみまし
よう。

▲その一 家計簿をつける運動農家の主婦
が豪計簿をつけるようになったのは、戦後
の農村のあざやかな変化のごつでしょう。も
ちろんまだつけていない人のほうがずっと
多いのですが、とにかくあちこちに家計簿グ
、ルrプが生まれたり、個人でもせっせとつけ
る人がふえてきています。なかには、数字の
書き方から練習して、やり始めたという熱心
な人もいます。
家族の協力が得られないで、途中から投げ
だしてしまった人、農繁期につけそこなって
そのままやめて↓まっ夜人なども少なくない
のですが、子どもに励まされてつけ通したと
か、夫もいっしょにソロバンを入れてくれる
という話もおいおい聞かれるようになってい
ます。
「家計簿をつけたところで、収入がふえるわ5
けではなし」という反対怯、いつでも、
どこでもあるらしいのですが、家計簿をつけ
ることは今までの農家の暮らし方にメスを
入れる効果的な手段であること臓否定できま
せん。
また、主帰たちの自覚遊高め、あらためて
わが家の農業のやり方を反省し、自発的にそ
れととり組む態勢を作るなら、それは前進へ
の大きな足がかりにもなります。
この点で農家の生活0複雑さは、一方では
障害ですが、一方では有利な条件でもありま
す。食物の必要な相当部分を自給できる条件
を農家はもっています。野菜、くだもの、卵、
乳でも都会では質い方のくふう」しかできま
せん渉、農村では、作り方のくふうができ、
それが家計を豊かにする可能性をもっていま
す。このような条件がこれまで申し分なくよ、
く生かされていたか、といえば、必ずしもそ
うではありません。
家計簿グループが集まって、仲間どうしで魑
この内容を検討していくうち、自家用菜園を
乍ることが皆の話題になったり、牛乳の一部

を目家消費にまわして、魚を減らしたほうガ

有利だとか、いろいろとわかってきましたα
こんなわけで、家計簿っけ運動は、農村の
生活改善への一っのテコとなり得る竜のです
ボ、それにはもちろん湘家族の協力がたいせ
つです。
家族の協力は、家庭の民主化と密接不可分
で歩が、この関係に、家庭ぶ民主化していな
ければ家計簿を2けてもしかたがないどいう
ものではありません。家計簿をつけ始菊たこ
とがきっかけになって、家庭の民主化ができ
ることだって考えられます。

▲その二 月給制の第剛のタイプ「月給制農
家」という字ボ、新聞や雑誌に見え始めてか
ら、まだ幾年もたっていないのに、今では各
地ではやいことばになってしまいました。
内容は、これから述べるように、かなりい
ろいろですが、とにかく、これは計画的で民
主的な家計に連らなる注目すべき運動です。
農家が月給制を採用するねらいの一つは、
柔とまって入ったお金を農協などに預けて、
毎月きまった額だけおろして使っていこうど
するところにあります。単作地帯では、収入
の片寄りがひどいので、こういう方法をとら
ないかぎり、一年のうち何ヵ月かは金欠病
に苦しまなければなりません。
このようなやり方は、必すし電「月給鱗」が
叫ばれ始めてからとり上げられたわけではあ
りませんが、農村の日常生活に現金の必要が
とみに大きくなってきたきょうこのごろ、特
に重要視されるようになったのは当然です。
これについては、農家の自発的な動きもも
ちろんあり衷すが、農業協同組合がこの運動
の普及にたいそう力を入れています。
人間だれでも、まとまってお金ぶ入ると気
が大きくなるもので、っい、財布のひもがゆ
るみがちになります。これをできるだけ防い
で、過当支出を押さえ、なるべく平均した生
活水準を保た廿ようといヶのです。それが、
また農協の貯金の増大、経営状態の向上に結
びっくのですから、農協にとっては一挙両得
ということでしょう。
「ある程度の押しつけをしてでも、これを実
行させて、このやり方のよさを体験させるこ
とが本人のため」だと張り切っている農協の
人もいます。
問題は、その程度でしょうぶ、個人の収入
を個人が使うのは自由で、第三者がどうこう
いうことではないというのが理想です。しか
し、現実には、まだまだ自主的にまかせても
じょうずに使いこなすまでには、いっていな
いことも事実です。
ムその三月給制の策二のタイプ「月給制」
のもう一つの意味は、働いている家族のだれ
にも、きまった額の月収を確実に与えること
です。昔から、働ける家族はみな働いてきた
のが日本の農家ですが、その働きは、形式上
は「ただ働き」でした。
みんなの働きによってあがった所得が、戸
主一人のものとなり、家族は戸主の思し召し
で盆、暮れなどにおこづかいをもらうという
状態でした。
昔は親の目をかすめて米を持ち出せるよう
になれば、若い衆として一人前だなどといわ
れていたものです。
もっとも、ここ二〇年の農村の変化は、た
いへん激しい竜ので、「月給制」などというこ
とばが使われだすより前に、息子や娘に相当
のおごつかいを出すことは、一般的になって
きています。ケチケチしていて、若い者に家
をとび出されては大変だからです。
ところが、とり残されたのが、嫁さんたち
ゃ老人です。お嫁さんといっても、嫁いで一、
二年の若いお嫁さんばかりではありませんゆ
一〇年、一五年ぐらいまでは、まだ嫁です。
この人たちのおこづかいの出所は、始めのら、
ちは、ほとんど実家です。何年かたって、少
しずつ、これが婚家のほうへ切り替えられて
いくのです。その時期などは、かなりまちま
ちですが。この嫁のこづかいは、ただ、
なにがしかのお金を出す出さないの問題では
なくて、嫁という立場の人間の、基本的人権
にかかわる大開題です。その氷山の一角が、
こづかいという形で現われているのです。そ
の氷山こそが、農村の若い女性を、「農村へお
嫁にゆきたくない」と叫ばせているものなの
です。
この叫びは、各地の農村で、今や、農家の
親たちと、跡取り息子との心胆を寒からしめ
る程になってきています。そして、そのへん
から、やはり嫁にも定額のこづかいをやらな
くてはという考え方が、ようやくひろがり始
めています。
若妻会、若妻学級なども各地に見られるよ
うになりましたが、やっていることは、お料
理の講習、家族計画や育児の研究などでも、
やはり、若妻の地位向上のたいせつな一つの
足場です。
嫁にもなにがしかのこづかいを与えるとい
うことは、昔にくらべれば大ぎな進歩には違
いありません。しかし、これを「月給制」とよ
んでは少しことばがりっぱすぎます。それは
月給制への過程と考えることはできますが、
月給制そのものではありません。
「月給制」というのは、もう少し進んだもの
をさすべきでしょう。現に、法人組織にして
行なわれているところもあります。労働する
家族の一人一人に定額の報酬を支給すること
ぶ、ほんとうの「月給制」です。
今の農村には、かなりたくさんのサラリー
マンがいます。しかし、さて、農家が「月給
制」を始めてみると、現物給与を加えても、
一人前の月給を払うのが容易でないことぶ明
らかになります。
無理してふやすと、経営そのものが左前に
なりますから、それもできません。結局は、
もっともうかるような農業をやらなければだ槻
めなんだ、ということだだれの目に`竜明らか
になってくるでしょう。

▲その四 畜産面を重視すること農業であ
る以上、収入が季節に左右されるのは、ある
程度やむを得ないのですが、畜産(特に鶏と
乳牛)は、絶えず現金収入をもたらしてくれ
る、ありがたいものです。
戦後の畜産の発展には、いろいろの原因ボ
作用していますが、農家の側の平均した現金
収入がほしいという気持が、おもな原因であ
ることは確かです。
ところで、なるほど現金は入るが、かかり
も大変だし、仕事も忙しくなる、そのうえ相
場の変動電大きいという悩みがあります。
やはり、畜産は、こづかいかせぎを目的と
するのではなく、本格的な経営部門として充
実させ、その結果として現金にも困らないよ
うになるのがほんとうでしょう。そうなった
場合には、家計のやりくりがうまくゆくだけ
にとどまらず、生活水準そのものもかなり向
上して、高給サラリーマンに決して劣らない
ようになるのではないでしょうか。